東大卒の自分が思う、中学受験のデメリット。成績順に並べられた記憶。

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私は都内のわりと進学校よりの私立中高一貫校を出て、東大に進学しました。

その中高一貫校のレベルは、準御三家と呼ばれるうちのどれかです。

さて、今ふりかえれば、私は二度と中学受験をしたいとは思いません

あくまで個人的な内容であるということを念頭に置いていただいた上で、

子どもを中学受験させるか迷っているというご両親の参考になることもあるかもしれない、と思い書いてみます。

みんなが中学受験をするからという理由で目指していたから

私が中学受験をするきっかけになったのは尊敬していた友人が中学受験をするという話をしたことです。

都内の公立学校でしたが、クラスの半分は中学受験をするという雰囲気でした。

私は単純な子どもでしたから、その友人のやることは全てなんかカッコいいように感じてしまい中学受験したいと言い出したのです。

塾に通い出した子どもは知らない公式などを知っており、それもカッコいいと感じていました。

「中学受験をするほうが偉い、カッコいい、賢い」という思い込みがあったと思います。

途中から塾通いがしんどくなりましたが、それもプライドのせいで辞められませんでした。

子供時代は、成績で評価されることは他人軸で生きることにつながるから

さて私が行っていた塾サピックスは、成績順で子どもの座席を決めるというシステムでした(地元の塾ではそうではありませんでしたが、実績の良いこの塾はそうでした)。

テストを毎回やるので行くたびに座席が変わっていた記憶があります。

ある日、クラスに入ろうとするとドアに「○○さんと○○さんは下のクラスに移動です」という内容が貼ってありました。

私の名前でした。

これはショックでしたね。

子ども同士でも「どこのクラスか」ってやっぱ序列があったと思います。

小学校の知り合いに「どこのクラス?」って訊かれて、私が答えてその子より上のクラスだと、その子がどこのクラスか言ってくれなかったり。

大人なら、仕事などで評価されるのはしょうがないです。

でも小学生はまだ自己肯定感の発達途上の段階ですし、善悪もわかりません。

わかっているようでわかってないんです。

素直に「私は駄目なんだ」とか「私は成績がいいから評価される存在なんだ(条件付きの愛)」と思います、どっちも成長によくないです。

大学でいっぱい「評価されなきゃ終わりだ」「もっと評価されなきゃ」って他人軸で焦る学生見てきました。

彼ら彼女らは自分の楽しいという気持ちより評価される方を優先して生き苦しむのです。

塾で大人がそういう順位による他者評価をしつこいほど押し付けるのは良くないと思います。

もちろんこの塾(有名大手)のように、「毎回テストによって座席を決める」のは極端な例かもしれません。

でも多かれ少なかれ競争にさらされ、点数で褒められたり怒られたりしうる環境なので、注意すべきだと思います。

子どもなので中学校の選定への審美眼には不安がある

私は第1志望に女子学院を選んで落ちて、

結局、第3志望の、現実的に行く事を考えてさえいなかった、なんとなく見学で雰囲気の良さそうにみえた私立に進学してしまいました。

いざ進学したら、まあその学校の校風の自分に合っていないこと。

すごく規律を求める校風で、金持ち自慢をする生徒が多く、嫌気がさしました。

そういった雰囲気は一回の軽い見学では全然分かりませんでした、見学時は学校がきれいで、生徒の挨拶が大きくて元気だなという印象しかなかったです

もっと丁寧に、カリキュラムとか、卒業生の活躍フィールドとか、校則とか、サークル活動の成果とかを見ればよかったのですが。

もっというとそもそも女子校が合っていませんでした。なのでその学校で問題児となってしまいました(私がいい大学に進学したのは先生などへのあてつけのような部分もあります)。

私に合っていたのは、共学、それも国際性のある学校だったと思います。

でもそれは中高で色んな経験をして合わないとわかってから気づきました。

親は私が学校を決めればいいというスタンスでしたが、もっと自分の特性に合った学校を真剣に考えるべきだったと思います。

またその学校は第3志望だったのですが、第一志望と第二志望しか私は見ておらず、まさか落ちて行くまいと思って軽視していたと思います。

進学する可能性がある以上すべてを丹念にチェックすべきでした、6年間はもう帰ってきません。

先取りしてまで学ぶ内容ではないと思うから

私は小学生に必要なのは何よりも知的好奇心を抱いて自分で調べていく人間になるための教育であり、

歴史上の偉人の名前や年号を覚えたり

計算テクニックを覚えたり

つるかめ算や植木算をガンガン解いたり

勝つ面接法を学んだり

たくさん公式を使った計算をして手に覚えさせる

のはもっと、高校とか大学で良いと思います。

「与えられた問題を解く」のではなく「自分で問題を作って自分で探求する」その方がよっぽど、大学以降でも求められる姿勢に近いです。

求められる教育が変化し、良い大学に進学すればいい時代は変わりつつあると思うから

与えられた制限時間で与えられた問題を解いて、高得点なら評価されるーそういった教育は終わりつつあると思います。

これはAI人材という文脈でよく叫ばれているテーゼですが本当にそうだと思いますね。

早くやる、正確にやるーーーこれはAIが得意なことです。

人間にしかできない、問いを作ること、クリエイティビティやリーダーシップに重点を置く教育がされるべきだと思います。

研究者としての素質も、与えられた問いではなく問を作ること、強い知的好奇心を持ち探求を続けることにあるでしょう。

大学が真に知的人材を育成するための期間であるなら、入試はそういうものを問う形に大きく変化すべきだし、

だとしたら今の中学受験には塾通いが必須という状態はおかしいですよね。

私だったら自分の子供には塾通いさせるより、プログラミングとか、絵画とか、読書とか、虫採りとか、国際交流とか、そういう興味の幅を広げるような活動機会を適度に与えて、興味を示したものがあればそれに関する機会をさらに提供させる、ということがしたいです。

かけがえのない子ども時代、毎日遅くまで塾に通うべきではないと思うから

まずしんどかったのは夜遅くまでの授業。

たしか小学校6年のときは、夜9時ごろまで授業だった。

小学校から帰ってきてから、急いでご飯を駆け込んで、塾に行って、帰宅後も少しお腹が減っていて夜食を食べて寝る。

今思えば健康や精神衛生に悪かったと思います。

まとめ

以上のことを考えると、遊んだり自分の興味を深めたりすべき時期に塾に通い他者評価にさらされるのは良くなかったと思います。

また、子どもである以上私の自己分析には限界があり、進学した学校との相性をうまく予想できませんでした。

もし私のケースが、

  • 親に「子どもの特性に合った教育を見定める教育力や経験」がある
  • 子どもの好奇心が「受験的勉強」にフィットする(塾通いを楽しめる)
  • 進学する学校の校風と自分へのフィット感を適切に評価できている
  • 中学受験が知識やテクニックではなく、本質的な好奇心や探究心を問う内容で、塾負担が少ない

だったらもっとハッピーな結果になっていたとは思います。

もちろん、地元の学校が荒れているケースもありますから、私のようなケースでもすべての人が「中学受験しなきゃよかった」という結論にはならないと思います。

しかし私の学校の中学はまあまあ評判がよく、仲の良い友人も進学していたので、「行っときゃよかった」と今は思っています。

でも「東大に進学できたじゃないか」と思うかもしれませんが、それは中高の雰囲気が自分にあわなさすぎて、なかば病みながら「こんなところから出たい」「先生や周りの同級生をぎゃふんと言わせたい」と思い勉強したからです。

それは子どもにとって全然良いことであはりません、そのマインドから抜け出すのにとても時間がかかりました。

東大に行って、ず〜っと他者評価を気にして病んでる人たくさん見ました。

たとえば本当は〜に興味がある、といいながら、一番競争率の高い花形学科に進学し、卒業後も超一流企業に就職するが「明日から入社、定年まで刑期○年。最悪」といった内容をつぶやく、といった…

私はその友人にいつも「好きなことやればいいじゃん」と言うのですが、「でも〜」といった雰囲気です。

先日も、東大時代の友人女性(超一流外資系企業)から、「本当は独立したいけど、やっぱ周りの目が気になって○○に行った」みたいな話されましたね。

大事なことは、子どもが楽しんで、自分を肯定して暮らせるということ。

「人生は生きるに値する」と感じること。

あくまで私の個人的意見では、その観点からは、中学受験はマイナスに働いたと感じています。

もちろん、起こっていないことと自分の過去を比べるのは無理な作業です。

もしかしたら私が中学受験をしていなかったら、今まわりにいる大事な人とも会えなかったかもしれない、それはすごい損失だと感じます。

ただ、もし自分の子どもに中学受験をさせるか考えるとしたら。

校風があっているか、本人にも色んな機会を与えて判断してもらい、自分も適度にアドバイスをします。

第2志望や第3志望についても、真剣に考えていないならそもそも候補に入れるべきじゃないと自分の経験からアドバイスします。

また、塾の負担についても話し合います。

随時、応援しているけど、辛くなったら辞めたら良いと言います。


勢いにまかせて書いたので読みにくい点多々あると思いますが、

以上、私が考える中学受験をしなくてもよかったという話でした。

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